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乳がんになっちゃった?由里乃の乳がん日記

カテゴリ:乳がん( 44 )

乳がん 放射線治療①必要性

1月19日
放射線腫瘍科

いよいよ今日から放射線治療がはじまる。
放射線腫瘍科は、地下1Fにあるせいか、どことなく無機質で冷たい感じがする。

まずは診察からはじまる。
この病院では全てそうだが、わかりやすいように説明の書かれたプリントをもらう。それに従って説明がある。

◎治療の目的と必要性
手術した側の乳房全体へ予防的に放射線治療をします。残っている乳腺内にがん細胞が残存している場合に将来的に再発する可能性があります。放射線治療によって、再発率を1/3に下げることにより予後にも寄与します。

◎治療の予定、計画

●毎日1日1回(土日祝は休み)
●治療にかかる時間
1回につき10-15分くらい
●照射回数と期間
左:全体25回 総線量50グレイ
右:全体25回➕ブースト5回 総線量60グレイ

と、説明がある。
私の場合は、両側なので、時間も多少長い。
放射線を当てる位置を決めるため、体に油性マジックで印をつける。
印を消さないように、かなり細かく注意される。
お風呂に入ってこすらないように、汗をかいても消えるから、なるべく汗かくようなハードな運動はしないように、、、。
私は仕事が肉体労働、、汗はかいてしまうんですが?と看護師さんに相談すると、
わかりました、では毎回書き足していく感じになりますね。と。
かなり念を押されるので、不安になるが、
まあやってみないと何もわからない。

放射線と聞いただけで、なんとなく不安になる。そのせいか、大丈夫ですよ!っていう感じを先生も看護師さんもかもしだしていた。

次回は、位置決め。そして照射がはしまる。
放射線治療も同意書を書かされる。

医師は強要しない。
すべては自分で選択していかなければならないし、選択の連続だ。

なかなか体験できない放射線治療。
さあ、どうなりますか、、、。
そうそう、副作用についても説明があった。
これはまた次回。
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HOTひと息003.gif

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by shokix | 2015-10-29 11:54 | 乳がん | Comments(0)

乳がん 術後の病理組織結果

2015年1月16日 再診

今日は手術で切り取ったがん細胞の病理診断の結果がわかる。

術後に、病院から「乳房の手術を受けられた方へ」というプリントをいただいた。
術後、日常生活はどうしたらいいか?下着はどうしたらよいか?リハビリはどうしたらよいか?また、自己検診のやり方や、相談窓口など、細かくとても親切に書かれている。

いろんな不安を解消してくれる内容でかなり役立つ。

その1項目に、
退院後の定期検診について
という項目もある。

◉手術後の病理組織の結果に基づいて、今後の治療方針が決定します。治療内容はそれぞれ違うため主治医とよく相談しましょう。

◉手術後10年間は定期検診があります。医師の指示通りの外来通院となります。

と、書かれていた。

ネットなどで調べてみると、乳がんは個別化医療というのが進んでいるようだ。
詳しいことは難しくてわからないが、その人それぞれの病態やがん細胞の状態、またはどれだけ全身に散らばっている可能性があるかなどを調べ、それに合わせて再発予測をし、その後の治療方針を決めていくようだ。
(と、私は理解した)

入院時など患者同士で話す機会もあり、
治療内容が違うと不安になったりするが、
同じステージでも細かく見ると違いがあるので、人と違うことで不安になる場合は、主治医とよく話してみると良いと思う。

私の先生は、淡々と説明をたくさんしてくれるのでわかりやすかった。ただ、はじめの頃は本人動揺してしまっていて冷静に聞けないので、誰か落ち着いて聞ける人と一緒に説明を聞くことも大事だと思う。

さて、再診の順番が来たので結果を聞く。
まずは、分かりやすいように結果の項目が書かれている紙を出してそれに先生が書き込みながら説明をする。

私の場合、左右あるのでややこしいがひとつひとつ説明してくれる。

1.組織型
右 乳頭線菅がん
左 硬がん

2.しこりの大きさ
右 45×40×30mm
左 7×5×5mm

3.リンパ節転移
右 0
左 0

4.ホルモン受容体の有無
 左右ともあり

女性ホルモンにより、乳がんが増殖する場合がある

5.HER2(ハーツー)タンパク発現の有無
左右とも1
HER2タンパクを多く発現しているとがんがどんどん増えていきますが、このタンパクを標的とした薬剤が使用可能となる。

0から3までの数字で表されていて、2を境に多い少ないの判断がある。
私の場合は、1なので少ない。

6.組織学的悪性度(核異型度)
グレードいくつというのがこれだ。
がんの顔つきとも言われており、正常な細胞とどれだけ違いがあるかを、形から判断する。
1-2-3とあり、数字が大きくなるほど悪性度が高い。

右 3
左 1

右はグレード3になってしまった002.gif

またこの時先生がki67値というのも説明してうれた。

私の場合、左右ともki67が5-20%とのこと。
欧米ではこの値が14%以上の場合は抗ガン剤をやり、日本では20%以上がだいたいの指標になっているとか、、、。
だから、ギリギリどうするか?というラインですね〜と先生。
この時点でたくさん説明されている私としては、思考能力ゼロ。
はあ〜。というしかなかった。

次。
7.切除断端

右 ±
左 −

手術により切除した断端に腫瘍があるかどうかを調べることにより、腫瘍が取りきれているかどうかを調べる。
−・±・+の3段階になっており、が少ないもしくはないということになる。

これが多いと放射線治療となる。
が、部分切除の場合はどのみちやるようだ。
微細ながんが取りきれていない可能性が高いからだと理解する。取りきれてなければ、再発の可能性も上がるからだ。

8.脈管侵襲

右 ±
左 −

血管やリンパ管に腫瘍細胞が侵入しているかどうかを調べます。侵入していなければ全身に転移している可能性は低くなります。と書いてある。

これも
−・±・+の3段階になっており、が少ないということになる。

先生が言うには、−だからといってないわけではないと。−は少ないという意味です。と仰っていた。

まあ、長くなったが、これらをざっくり説明してもらい、私は悪いのか?良いのか?よくわからないまま、
こういう結果となりましたので、
今後の治療方針は、
まずは患部の放射線治療
その後、抗ガン剤をやるか否か。
終わったら、ホルモン療法をやる。
という方針になった。

グレード3、ki67が20%というのが気になるが、このさまざまな数値の全体を見ての判断になるのだろう。

次回からは放射線治療となるので、
放射線科へ行くこととなる。
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最近撮った秋のそら

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by shokix | 2015-10-17 15:25 | 乳がん | Comments(0)

乳がん 退院と会計とその後

12月12日
退院。
昨晩看護師に退院する旨を伝えておいたので、朝食が終わると事務の方が、今手続きしていますので、しばらくお待ち下さいと。

ここで入院中の書きそびれた話を。

がん細胞や血液を今後の研究に役立てたい。という人がやってきた。
もちろんこれに協力しなくてもいいわけで、
協力しないからといって扱いが変わるわけでもない。(当たり前だけど)
もし協力いただけるなら、サインを、、。
何かのお役たてるなら、いやもしかしたら10年後の自分に役にたつのかもしれない。
全然オッケーですよ‼︎
サインする。個人情報は厳重に管理していますので大丈夫です。とのこと。取った細胞や血液は個別に番号がつけられ、その容器には名前などはつけられず、鍵のかかる部屋で管理され、別所に厳重に管理された個人情報があり、番号で紐付けされるようだ。

しばらくすると、この研究に提出するための採血。結構たくさん取ったね005.gif
有効にご活用くださいね(笑)


退院の手続きが済んだようで、もういつでもいいですよと言われる。パートナーに迎えに来てもらう。体力が低下しているのと、脇を切っているせいもあるのか、腕に力が入らない。
同室の方に挨拶。昨日手術でまだ寝たきりだ。手術前は、私とほとんど同じ状態だね、なんて話をしていたのに、やってみたら脇の転移があったらしく肉体的にも精神的にも落ち込んでいるようだった。ピンピンしている自分が申し訳なくなる。かけるべき言葉も見つからず、早く良くなるといいね、と挨拶もそこそこで病室を後にする。4人部屋のその部屋は乳がんの人ばかりで、私の入院中、一人退院して二人入ってきた。私が一番若かった。退院日の今日入ってきた人は、ずっとこもっており挨拶もなかったのでよくわからないが、私より若い人のような気がする。
若いと(といっても50に近いけど(笑))体力があるからか、私が一番元気だった。病室は暗い影を落としていた。

別の病室の甲状腺がんの方も見舞い、挨拶をする。この方はとても優しい年配の方でたまたま話をするようになったのだが、常に相手を気遣い、話を聞いてくれ、天使のような方だった。同じ日に手術だったので、まだまだだったのに、私の心配ばかりしていた。でもこの人のおかげで、入院中ずっと元気でいられた気がする。

他にもセンチネルリンパシンチからずっと同じ経緯をたどっている方にも挨拶。この方は、もう少しいますと。

みんなに挨拶を済ましてロビーのようなところで待っていると、迎えに来てくれた。
会計に行き手続きする。
約8万円。

入院、手術で8万円、なぜこんなに安いかというと、高額療養費の限度額認定の手続きを入院前に済ませていたからだ。

高額療養費は誰でも(たぶん)該当し、多額の医療費がかかっても国が負担してくれる制度だが、手続きを何もしないと70歳未満の人は、一旦支払い後から戻ってくるというパターンになる。
役所へ行って限度額認定証をもらって提出しておけば、高額療養費を引いた額を計算してくれる。高額療養費は収入によって変わるので、調べてみるとよいと思う。

今日は手持ちのお金がなかったので、後から年内には支払いますと言うと、次の診察日でいいですよ。と。次は1月半ばで年を超えてしまうがいいか?と聞くと大丈夫だという。
太っ腹??(笑)よくわからないが助かる。

1月半ばでいいのなら、保険のお金も降りるかもしれない。

無事に退院できた私。
退院して一週間後の19日に傷の状態を見るため診察。胸の傷は痛みはないが、脇がやはり痛いので、痛み止めを処方してもらう。

入院から約一か月仕事を休みダラダラと過ごした日々。
学生時代は学校にバイト。社会人になってからは、仕事と芝居に明け暮れていた私は、
こんなに休んだことなかったと思う。
ただ、やはり手術で体力がものすごく低下しているようで、少し動くと疲れてしまう。
両側の胸を切っているので、横向きに寝れない。腰が痛いので変な角度で横向きに寝たり、、。傷を押さえるとまだ痛いので寝返りも打てない、、、

それでも一か月も経つと、回復してきて仕事に復帰する。はじめは、安易に2週間くらい休んで復帰する予定だったけど、体力低下についていけず、もう2週間休みをいただいた。

次の診察日は、1月16日。
いよいよ私のがん細胞の正確な結果のわかる日であり、今後の治療方針が決まる。

私はがんサバイバーとして生きていく。

ここからが始まりだ。

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関係ないけど写真はスカイツリーからの眺め

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by shokix | 2015-10-03 13:42 | 乳がん | Comments(0)

乳がん 入院⑤ もう退院⁉️

12月11日
入院4日目。

長い長い夜が明けて、早朝に看護師さんがやって来る。
ベッドをおこしましょうか?と言われ、
飛びつかんばかりの勢いで、
「はい、はい。お願いします❗️」
助かった〜〜。背中と腰の痛みがこれで少し解消される。
もう少ししたら、病室に戻りますね〜〜、とベッドを起こす。

8時頃、まだカテーテルも点滴もやっているので、車椅子に乗り病室へ戻る。
とりあえずまたベッドに拘束(笑)
しばらくしたら、カテーテルを外しに看護師がきますので。

手術の跡が痛いとかそういうのがほとんどないので、カテーテルの苦痛のほうが際立つ。

ぼんやりしていると、両親がやってくる。
面会時間はまだなので、勝手に入ってきたのか(笑)了解を得てるのかわからないが、早々にやってきた。心配していたのだろう。

術後に、私は見ていないが、両親とパートナーは手術で切り取ったあとの塊を見せてもらったらしい。胸なので、脂肪のかたまり。
かなりの量だったとか。どうせならお腹の脂肪を取って欲しいよと冗談を言い、意外にぴんぴんしてる私を見て、安心したのか、早々と帰って行った。

10時すぎくらいだろうか?看護師がやってくる。カテーテルを取るとのこと。やっと楽になれる。
トイレまで看護師さんに付き添われながらゆっくり歩いて行く。
外してもらうと、かなり楽になり、元気が出てくる。点滴はまだついているので、自由とはいかない。病室に戻る途中で、点滴が逆流して血が‼️腕の位置を変えると治る。まあ、よくあることらしい。
今までほとんど病気らしい病気をしたことがない私には本当にいろんなことが初体験。不謹慎だが、好奇心旺盛の私としては、どこか面白がっていたりする。

昼食から普通のご飯か食べられる。
え?もう?という感じだが、手術前と同じ普通食だ。昼食前に、看護師が点滴を取りに来て、
あのいつもの女医さんが傷を見にきて、胸にしっかり貼ってあった包帯のようなものも取れ、
傷あとはシールのようなものだけになる。

手術前の説明書には、術後胸から液を抜くカテーテルが入っている云々と書いてあったが、
それもない。
そして一番大きいのは、リンパ節郭清がないこと。もちろん多少切ってはあるが、リンパ転移がなかったようだ。
リンパ節郭清すると、腕のリハビリなどもしなければいけないので、日常生活に支障がある。

腫瘍は大きかったが、術後こんなに普通でいられることは、本当に幸せなことだと感じる。
同じ日に手術をした患者が数名いるのだが、子宮がんの方などは、まだ起き上がることもままならない人もいる。

さすがの私も食欲はなかったが、昼食を少しだけ食べる。

午後になり担当医がやってきた。
「どうですか〜?」
いつものひょうひょうとした風情で、
この先生にかかると、すべての病気がたいしたことないんじゃないか?という気になる。
ありがとうございます。と手術のお礼をいい、特に問題はないことを告げると、
「もう明日には退院できますよ!」と。
「へっ⁉️」びっくりしていると、
「いや、いてもらってもかまいませんが、私はもうやることないんでね〜〜」
「もう少しゆっくりしたければ、いてもいいし、どちらでもいいですよ〜〜、ただ私は来ませんけどね〜〜」

へっ⁉︎

明日退院って早くね???
やることないってぇ(笑)

「退院するなら、看護師に言って下さい」

といい、去って行った、、、、。

昨日手術して明日退院とは、全く思っていなかったので、かなりびっくり‼️

でも病院にいても不自由なだけなので、
退院しようと決めた。


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写真はこの日やっていたクリスマスコンサート。


後日談。
こんなに早く退院になるとは誰も思わず、お見舞いに来ようとして下さった方か数名いた。

ごめんねぇ。
退院できちゃった
(笑)
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この記事アップの前日、
北斗晶さんか乳がんを告白。
北斗さんのブログの写真が素敵だったので、貼り付けておきます。
http://ameblo.jp/hokuto-akira/entry-12076321816.html

北斗さんのブログ


北斗さんもやはりうつ伏せで怪しいと思ったのね。
私もうつ伏せが出来なくなった頃から早一年が経ちます。
本当に早いですね。(てか、ブログか遅すぎる(笑))

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by shokix | 2015-09-25 17:28 | 乳がん | Comments(0)

乳がん 入院④ 手術

12月10日
入院3日目。

このブログは経験したことを思い出しながら書いているのだが、
何故かこの日の分に関しては筆が進まない。
なぜだろうか?と思いつつ記憶を掘り起こす。

そうか。
普段と変わらない、何気ない体を装っていたが、やはり手術となると相当動揺していたようだ。この日の記憶は曖昧でぼやけている。

だから、筆が進まない、、、(~_~;)

それでも思い起こしてみる。

昨晩の夕食後から飲食禁止となり、
OS-1という飲み物をペットボトル3本もらう。
朝の8時半までこれを飲んでよいとのこと。
手術は午後開始だが、時間は未定。
前の手術が終わりしだい行う。

午前中にひとつ検査があるので、下の階に行くように言われる。入院している場所は6階。
さて、これが、どこへ行ったか、何をしたのか思い出せない(^^;;
覚えているのは、一度下の階へ行き、まだ準備ができないので、もう一度部屋で待ってて欲しいと言われて、エレベーターを行ったり来たり、、、。

そうこうするうちに、両親とパートナーがやって来る。時間は、12時くらいだっただろうか?

水を飲めないので、喉がカラカラ、ガサガサになる。ようやくまた呼ばれて下へ。

何をしたか思い出せないが、すぐ終わったと思う。
部屋へ戻り、手術の準備。

紙パンツをはき、足には着圧ソックスを履く。
何時間も寝てる状態なので、足の血流か悪くなるのを防ぐためだ。
持ち物を確認。替えのパジャマ、替えの紙パンツ、ティッシュ一箱、OS 1。

あとは、呼ばれるのを待つだけ。

呼ばれたのは13時すぎだったと思う。
手術室までは、家族たちと一緒に歩いて行く。
看護師に案内され、手術室前へ。
ここで家族たちとはお別れ。
手を振り、看護師にうながされ手術室へ入る。
では、こちらに寝て下さいと言われる。
テンパっていたせいか、周りを見る余裕もなく、言われるがまま寝る。
なんやかんやされるがよく覚えていない。
手を固定しますね!と言われたのだけ覚えている。
手術室に入ってから、ほんの2、3分で、では麻酔しますからね。と言う声か聞こえ、その数秒後には意識がなくなった。









気が付いた時は薄暗い部屋に寝かされていた。
どうして目覚めたのかわからず、ぼんやり天井を見つめていると、看護師さんがそばにいて、酸素マスクを外しますね!と、テキパキと外す。腕には点滴、尿管にカテーテル。
身動き出来ない状態。

ご家族の方にお入りいただきますね〜〜。と。
両親とパートナーと二言三言、話をしたはずだが、何を喋ったのか??とにかくぼんやりしていて記憶があいまいなのだ。
じゃあ、また来るね!と言い帰って行った。

いったい今が何時なのかよくわからないまま、また眠りについた。

しばらくしてまた目覚める。
腰が痛い、、、、。
身動き出来ない。
寝ているのが辛い、、、。

看護師さんがやってくる。
痛みはないですか?いかがですか?
とにかく腰と背中が痛くて仕方ないです!

看護師さんに手伝ってもらい、クッションを背中に入れ、少し横向きになる。
少しは楽になる。

また眠る。



イタタタた(-。-;
傷口とかそんなんじゃなくて、とにかく腰と背中が痛くて耐えられない、、。

看護師さんに痛み止めの座薬を入れてもらう。

また眠る。

痛くてもぞもぞ動く。

そんなことを何度か繰り返し、、、
とにかく早く起き上がりたい!!!
いったいいつまで寝てなきゃいけないの〜〜?
なんて思いはじめ、、、
そろそろ朝がきたかな?まだかな?ともぞもぞしていると、また看護師さんがやってきたので、時間を聞いてみる、、

2時半です。

(-。-;

まだ?
(-。-;


おそらく起き上がりたいという気持ちになれたのは、元気な証拠。
背中のクッションの位置を変えてもぞもぞ、うとうとしながら、朝を待つ私。

考えてみたら、手術室に入ってから、あれよあれよと言う間に麻酔がかかってしまったので、周りを見る余裕もなく、
担当医の姿見てないじゃん‼️
(笑)
とか、考えられるくらい意識がはっきりしてきた。

何時だかわからないが、手術時のもう一人の担当医がやってきた。
左胸のマンモトーム生検をやってくれた若き美人⁉︎女医さん。
傷の具合をみる。胸を開いて様子を見ていると、、、、

はっくしゅんっ
………
あ、ごめんなさい。

…………(-。-;

先生〜〜〜〜〜〜
開いた胸の前でくしゃみしないでよ〜〜(笑)
傷口にばい菌入ったらどうすんのさ(笑)

とは、言わずされるがまま、傷口をみてもらい、大丈夫ですね‼️とにっこり笑って去っていく先生を見送った。

早く長い夜が終わらないかと、
またうとうとしながら、
入院3日目の長い1日は終わった。
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by shokix | 2015-07-21 16:47 | 乳がん | Comments(0)

乳がん 入院③ センチネルリンパシンチ

12月9日
入院2日目。

今日の予定は、検査が一つあるのみ。
それから明日の手術に必要なものを用意すること。
夕食までは飲食OK。

手術の準備としては、入浴と脇の除毛。

看護師が、チェックしに来る。
紙パンツ2枚。ティッシュ1箱。ビニール袋。
全てに病棟とフルネームを書く。
「全部揃ってますね〜〜(^^)脇も大丈夫ですか〜?」脇チェックもされた(笑)

あとは、放射線科の受付から呼び出しがあるまで待つのみ。

同じ病室の人が声をかけてくれる。
今日、下で検査でしょう?痛いよ〜〜!!
頑張ってねぇ

痛い????

今日の検査については、説明がほとんどなく手術のための準備としか認識していなかった。

痛いの???

よくわからないが、覚悟して行こう(笑)

しばらくすると呼び出しがある。
地下の受付へ行って下さいと。

パジャマにガウンを羽織り、エレベーターで地下へ。
受付の人に案内され、地下の奥の方に案内される。放射線の関係のせいなのか、扉も厳重な感じがする。スリッパに履き替え、扉の中へ。
無機質な廊下が続く。
「では、こちらでお待ち下さい」
人も誰もおらず、廊下のベンチでぽつんと待つ私。

…………

5分ほど待つと、部屋の中へ入るように言われる。
リンパに色素を入れて確認するための前準備で、注射をうつとのこと。
では、はじめますね。痛いけど頑張って下さいね。


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痛っ〜〜〜〜い!
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痛くてどこに打たれてるかよくわからなかったが、胸に注射をバンバン刺されてる感じ。
いや、痛いって聞いてなかったら、叫んでたよ!!!
心の準備があって良かった*\(^o^)/*

あとから調べたところ、
この検査は、センチネルリンパ節シンチというものだった。

#################################

センチネルリンパ節は、がん細胞が最初に転移するリンパ節のことをいいます 


センチネルリンパ節とは、リンパ管に入ったがん細胞が最初にたどり着く腋窩リンパ節のことで、がんのリンパ節への転移を見張っているという意味で"見張りリンパ節"とも呼ばれます。センチネルリンパ節生検は、手術の前に乳がんの近くにラジオアイソトープあるいは色素を局所注射し、これを目印にして、手術中にセンチネルリンパ節を探しだして摘出し、このリンパ節にがんが転移していないかどうかを調べる(術中迅速診断)ことをいいます。



アストラゼネカ株式会社様HPから複写

https://www.nyugan.jp

#########################

これをやることにより、手術中にリンパへの転移の状態がわかるようになり、
昔は全て取っていたリンパ節を転移がなければ取らなくて済むことになる。
痛くてもやるべき検査。注射。

注射のあと、一度病室へ戻りしばらくしたのち、また今度は撮影のために呼ばれた。

着々と準備は進んでいく。
あとからの感想だけど、手術も含めていろいろな検査手術の中でこれが一番痛かった気がする。

つづく

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病室のまどから

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by shokix | 2015-05-10 17:08 | 乳がん | Comments(0)

乳がん 病理の結果

11月28日再診

市大からの病理の結果がようやく到着し、
今後についての話となる。

現在の状態(右房)
TNM分類 ステージ分類
T2.N0. M0 ステージ2

ホルモン受容の有無
ER ➕
PgR ➕

HER2タンパク ➖

Ki67 20%


TNM分類は、前回お話した
T=原発巣(しこりの大きさなど)
N=リンパへの転移
M=他臓器への転移 でありこれらの結果でステージ2aとなる。

つぎにホルモン受容については、
女性ホルモンによりがんが増殖しているかをみる。
これは、➕だったので、ホルモン受容体であることがわかる。

HER2タンパクは、このタンパクがたくさんあるとがんがどんどん増えていく。
だが、これは➖だったのであまり無いことかわかる。

Ki67は細胞の増殖能力を表すマーカーとのことで、この値が高いと、予後が悪く再発の可能性が高くなる。
アメリカではこれが14%以上だと抗がん剤をやったほうが良いと判断される。日本では、20%以上が判断基準。ただこれも施設や病理医によって判定がまちまちらしい。

先生からは私の場合は、20%なのでギリギリの境目だと言われた。

これらの状況をふまえて、
病理の結果を見るまでは、術前化学療法をやるかどうするか?という感じだったが、
先生のスケジュールの都合と私のki67の値から、先に手術をやりましょう。ということになる。

前回宿題だった、全摘か温存か。
私の場合、がんのある位置が右乳房の左側上部分であるため、温存でもかたちは割と綺麗に残る可能性は高いとのこと。

先生いわく、おっぱいの形は、おっぱいの下側部分があるかどうかでだいぶ違うらしい。
どうしても乳房を残したい、温存で。と希望しても、がんがある位置が下側の場合、温存手術にしたものの、おっぱいの形は崩れてしまうこともある。そういう場合は再建手術などもある。

再建手術を希望の場合は、摘出と同時にやるのか?後からやるのか?の二択がある。
同時にやる場合は、手術の日程調整がまた異なるのでどうするか決める必要がある。

医療技術の進歩で、私たち患者は選べる医療になっているんだと実感005.gif
選択肢が多岐に渡り、逆にどうしていいかわからなくなるのも実感。

私はもともと自分だけのことであれば決断に迷わないタイプなので、シンプルに答えは決まっていた。

先生、温存手術で再建は無しでお願いします。

乳首部分まで無くなる全摘はその後の自分を考えるとやはり怖かった。
でも再建するまでは思わなかった。

いろんなことに迷うタイプの人は、
本当に迷ってしまうと思う。
だけれども、最終的には自分で治療方針は決めなければならない。
決めるのは自分だ。

では、おそらく再来週の月曜日か火曜日に入院していただき、水曜日か木曜日には手術となります。
入院手術のスケジュールについてはお電話で確認して下さい。

来週は左側のマンモトーム生検ですね。
左側もがんということになれば、
同時に摘出となります。

そうだ!まだ左側があったよ!008.gif

さあ、左側はどうなりますか⁉️

とりあえずは、
10月にがん発見から1ヶ月以上経過してようやく一歩前進した気がする。


つづく

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写真は湘南



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by shokix | 2015-03-18 16:14 | 乳がん | Comments(0)

乳がん 告知

11月5日
検査結果を聞きにクリニックへ行く。
この時点で、はじめに病院へ行こうと重い腰をあげてから、一ヶ月が経過している。

クリニックは、検診やらインフルエンザ予防接種やらで相変わらず混んでいた。

時間になり診察室へ呼ばれる。

検査をしてからこの2週間の間、なんとも言えない微妙な時間を過ごした私。
検査する前は、本気でガンなわけがないと思っていたが、ここにきて、「まさかぁ」という気持ちが願いに変わっていた。
まさかなってないよ!
が、まさかならないでよ?に変化していた。

診察室へ呼ばれた私。
入ると、先生がいきなり、
「うーん。良くないですねぇ」と。
「やっぱり、、、」と私。
「先日取った細胞は悪いものでした。
うちでは治療できないので、紹介状を書きますね」
「この病院とこの病院がありますけどどちらにしますか?」
私「こちらが近いのでこっちでお願いします」
近所の市大病院を選ぶ。
先生「では、受付で紹介状など受け取って帰って下さいね」
私「はい」
先生「しっかり治療すれば、今は良くなる率は高いですからね。大丈夫ですよ。」
私「はあ、、、」
先生「頑張ってね。お大事に」

正直、悲しいとか驚きとか動揺じゃなくて、
思考停止状態。
感情はストップ。

??????
ハテナハテナ状態だった。
えーと、とりあえず何すればいいの??

という感じ。

受付から呼ばれ、紹介状と画像、細胞を受け取りクリニックを出る。

そういえば紹介先の病院へ予約を入れろって先生言ってたっけ。

頭が停止したまま、職場へととぼとぼ歩く私。
歩道を歩いていたのだが、後ろから
チリ、チリン、チリチリチリと自転車のベルがなる。慌てて端へ寄ると、すれ違い様に、
「真ん中歩くな馬鹿!」と罵声が(^^;;

え?ここ、歩道なんだけど???
よっぽどふらふら歩いていたのかな?
てか、自転車が歩道をベル鳴らすのおかしくない??!

自転車に対する怒りで、ようやく感情が戻ってきた。003.gif

まずはパートナーへとりあえずメールして結果を報告。
病院へ電話して予約をとる。
病院は、早くて親切な対応をしてくれて、
2日後に行くことになった。

いろいろ考えたところで、今はまだわからないことだらけ。
考えても仕方ないものは、考えないことにしているので(超前向き(笑))

普通に仕事をすることにした003.gif

いろんな感情が湧くのは、それからだいぶたってからだった。

つづく
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長崎のさかみち

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by shokix | 2015-01-18 16:44 | 乳がん | Comments(2)

乳がん はじめの検査へ

さて、うつぶせが辛くなってから、しばらくすると、右胸の上部内側が何か硬い感じを感じるようになった。
おかしいなと思いはじめる私。
でも、乳がんじゃなくおっぱいの病気はいろいろある。乳腺炎、乳腺症、などなど。
乳がんのことは、気になってはいたけど、ネットや噂で、「乳がんは痛くない!!」と聞いていたので、痛みがけっこうあるから、しこりがあるにもかかわらず、私のは乳腺症だろうなーという甘い考えでいた。

だから、病院へ行かなくては!!と思いつつも、なんとなく日々が過ぎていった。
しかし、右胸の塊はそれと同時にだんだん大きくなっているように感じた。

さすがに、ヤバい!と感じはじめる。
どこの病院へ行こうか。
婦人科をはじめは探していた。
ネットでよく調べていると、おっぱいに異常があるときは、乳腺科という専門の科があることを知る。
知らなかった〜005.gif
さっそく電話してみる。
これが、10月の第1週くらい。
電話をして状況を説明する。
しこりを感じる場合は、診察→検査となる。
しこりや異常を感じることなく、ただ検査をしたい場合は、検診となる。
検診のときは、診察料がかからないというわけだ。
私の場合は、しこりがあったので受診の予約となる。

すぐ行けると思っていたら、検査の予約で一番早くて2週間後。それもたまたまキャンセルが出たので入れた。キャンセルなければ、一カ月後005.gif
自分で先延ばしにしていたにもかかわらず、そんなに先で平気なの?とやや不安を感じるが、まあ、全部説明はしているから大丈夫だろうとそのまま2週間後の予約を入れた。

10月23日検査日
乳腺科のある病院は結構限られている。
私が行ったところは、小さなクリニック。
朝いちにもかかわらず、結構混んでいた。

まずはマンモグラフィー。
マンモグラフィー初めてではないけれど、
やっぱり痛かった〜〜007.gif
早く終わってくれ!!と願い両方撮影。
次にそのままエコー検査。
そこでようやく先生が登場。
いつ頃しこりに気づいたか?
以前にマンモグラフィー受けたのはいつか?と質問されながら、エコーでしこりを見てみる。
画像を見せてくれて、サイズを測ると、
「3cmくらいあるねぇ」と先生。
特に説明なく、このまま細胞取りますね。
ということになる。

やっぱり細胞とる検査までやるのかぁ(^^;;
ところで、
細胞診(穿刺吸引細胞診)って??
→しこりに注射針をさし、細胞を吸引する。
この細胞を診断して、ガンかどうかを判断するもの。
簡単に言えばこんな検査。

結構奥のほうまでズブッと刺した感触。
エコーを見ながらやる。
2回刺して、終了。
看護師さんが出血を止めるため、5分くらい圧迫のあと、ガーゼでがっちり固定。

先生はガンかも知れないとかそんな話は全くせず、淡々としていたので、
細胞診をしても、まだまだまさか〜ガンのわけないじゃん^o^
くらいの感覚だった。

あとから考えれば、この時点でガンの疑いあり!だったのよね。
やっぱり能天気な私037.gif

診断結果は2週間後となる。


つづく。

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夏に訪れた諏訪湖006.gif


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by shokix | 2015-01-05 17:30 | 乳がん | Comments(0)

乳がん ことのはじまり

今回の診断がくだされるまで、超元気だった私。
入院や手術どころか、ここ数年は風邪すら引いたことがなかった。
リラクセーションセラピストの仕事に就いて、
人を癒すには、自分の心と身体が元気じゃなくちゃと思っていたし、実際、私の売りは、
私の元気と笑顔をお分けすること。
もちろん分けられるわけじゃないけど、私の手から、元気注入できればなぁなんて思ってたくらい。猪木さんか⁈😄
まあ、そんな風にわりかし楽天的に生きてた私。
今回のことは、初体験だらけなので、それを記録することと、もし、同じ病気になってしまった方に、私の体験談がちょっぴりでも役に立てばなぁ。という気持ちから、
いろいろ綴りたいと思う。
実際私も、診断されてからかなりネットでいろいろ調べてそれがかなり役に立ったので。

で、ことのはじまり。
リラクセーションセラピストの仕事がら、お互いに練習とかするのね。
で、私自身も肩とか腰とかパンパンになるタイプなので、練習といいつつ、スタッフにボディケアしてもらってた。
その時、まずうつぶせからはじめるんだけど、
ある日うつぶせになると、右胸が痛い。
はじめは、なんか痛いなぁ程度。
でもだんだんうつぶせになるのが辛いくらいになってきた。
まだその時は、しこりに気づいていなかった。

乳がん検診は、一度だけやったことがあって、それは確か5.6年前。
もちろんその時は異常なし。
マンモの検査が痛くて仕方なかったことぐらい。

うつぶせになるのが辛くなって1ヶ月か2ヶ月くらいしてから、ある日右胸にしこりがあることに気づく。
それが今年の夏の終わりくらいだったかなぁ。
うん?これは一度病院行ったほうがいいな〜と思いはじめた。
それが9月半ばくらいだったかな?

意味もなく、本当に根拠なく、
私はガンにはならないって思っていた。

けっこうなおデブさんだし、体力あるし、
どこも具合悪くないし、痩せないし。
ガンになると痩せるって勝手な思い込みがあったのね。

痩せないから大丈夫でしょ〜(*^^*)
なんて笑い飛ばしてた。

あほだね〜www

そんな感じでことははじまった。

つづく。
017.gif
a0325929_13273700.jpg
意味ないけど、スイカが大好物なので。037.gif





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by shokix | 2014-12-15 12:55 | 乳がん | Comments(0)

2014年11月 乳がんと告知されました。治療など日々のことを綴ります。
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