乳がん 放射線治療④通院

1月28日から3月11日
月曜日から金曜日まで毎日通って土日祝日はお休み。
合計30回。

放射線治療で一番負担を感じるのはこの通院だ。
私の場合、午前中に通院し、午後から仕事だったのではじめのうちは辛かったが、それもしだいに慣れてくる。

乳がんになっても仕事をしている方は多いので、人によっては職場近くで受けられるように、病院を紹介してくれるようだ。先生が言っていた。所要時間は10分程度(1ヶ所)なので、職場近くの病院へ行ければ仕事にも影響が少ない。

私は元々午後からの仕事だったし職場からもそれほど遠いわけではないので、午前10時の予約で間に合う。仕事終了は夜9時なので、朝から晩までって感じで大変そうだが、
世の仕事をしてるお母さんのほうがよっぽど大変だと思う。
もし、仕事をしているお母さんが乳がんであれば家事は手伝ってあげると助かると思う。ただ、家事がいろんな不安な心の気を紛らわすツールになっている人もいるかと思うので、本人に聞くのが一番いいのだろう。

週に一度は、放射線腫瘍科の先生の診察がある。放射線を当てた部分の皮膚の具合や、その他何かないかを聞いてくれる。

私の場合は、だいたい3週目くらいから、皮膚が日焼けのようになった。それもかなり軽い感じの日焼け。脇のあたりは四角くくっきりと当てたラインが出てきた。皮膚自体にはかゆみや痛みはない。
薬用ローションを処方してもらう。
ただ、放射線治療がはじまってから、胸の中がチクチクする感じがあった。先生に確認するとそういう方もいらっしゃいますが、問題ありませんとのこと。

毎日だいたい同じ時間の予約なので、待合室で出会う人と顔なじみになってくる。
みんないろんな不安を抱えているので、話はもっぱら治療についてだ。
がんを発見した時。
手術までの経過。
手術後の治療。
放射線が終わったあとの治療。などなど。

子宮がんの方は詳しくはよくわからないが、抗ガン剤を週一回やりながらの、放射線治療の方もいた。

私が通っていた時間は年配の方が多く、一緒に入院していた方も同じような時間だった。
同じ経過をたどっているが微妙に治療の順番などは違う。

待合室で話をしていて思ったことは、やはり年配の方のほうが不安そうにしていた。
比較的若い人は、強がりかもしれないが、もうなったもんはしょうがないよ‼️と言う人が多かった。

がんになってとても強く思うのは、
がんというのは当然肉体を蝕む病なのだが、
同時に心を蝕む病なのではないかと思う。


だからこそ緩和センターもあり、患者会や相談会がある。

話はそれたが、放射線治療の順番待ちは、ちょっとした患者同士の情報交換の場になっていた。
放射線の診察説明や副作用の書いてある紙にも書かれてはいなかったが、
放射線治療すると、なんかグッタリするというか疲れる、というのがみんなの共通意見だった。

私は比較的若い方だったので、
◯◯さんは、元気そうね(^ ^)良かったわねというのが合言葉のようになっていた(笑)
そりゃそうだ。だって、どこも痛くないし
具合も悪くないんだもの。

手術前だったか後だったか忘れたが、
担当医に、「先生、私、どこも痛くないし具合悪くもないしすごい元気なんですけど?」と言ったことがある。
先生も「まあ、乳がんの場合は脂肪を切り取るだけだしね」と笑ってらっしゃった。
私たちが心配するのは原発のがん細胞よりも全身に散らばった目にも見えない方です。と。
(前にも書いたっけ(笑))


通院の毎日は過ぎて行き、特に問題もなく25回が終わる。
正直簡単なことではない。たった20分程度のことだが、肉体的苦痛はないが心の苦痛はある。
これはたぶんみんなあると思う。

毎日通ううちに、放射線の受付の女性とも毎日顔を会わせるので仲良くなっていく。
この女性がほんとに素晴らしい方で、明るく元気で笑顔で対応してくれる。
毎日「はーい、今日も頑張ってね‼️いってらっしゃーい」と励ましてくれるのだ。
雪の日も、「あー‼️◯◯さん、ちゃんと来れたね〜〜良かったね〜〜」なとなど。
たった数秒の会話だが、どれだけこの人の一言に助けられたか。尊敬するし、たくさん見習いたいところがあった。

全体照射の25回が終了するとブーストていって局部に的を絞っての照射が5回行われた。
切り取った一番悪いがん細胞の部分だ。

片方の胸になり、片側のマジックは消えても大丈夫になり負担はかなり減った。

リニアック室の先生たちもすっかり顔見知りになっているので、
あと少しだね〜〜(^ ^)など会話する。

最終日。
受付に行くといつもの女性が迎えてくれる。
「今日で卒業だね(^ ^)なんか変だけど寂しいね」と。
泣かせないで下さいよぉ。
ほんとにほんとにありがとう。

あなたのおかげで通えました。
あなたの励ましに救われました。
言いたいことはたくさんあったのに、泣きそうになり何も言えなかった。

すると、また元気よく「まだ診察はあるから、また会えるね〜〜」と笑って言って下さった。

最後の照射も終わり、リニアック室の先生たちにもお礼を言い、帰るときに受付でお礼を言いたかったが忙しそうだったので、声をかけられず病院を後にした。

こうして長い長い放射線治療は終了した。


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by shokix | 2015-11-16 14:26 | 乳がん | Comments(0)

2014年11月 乳がんと告知されました。治療など日々のことを綴ります。


by 由里乃